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情報・システム研究機構シンポジウム2019

講演1

世界最北のエンジニアの現場のお話
    ~極域研究を救うデータサイエンス~

照井 健志(情報・システム研究機構 国立極地研究所 特任研究員)

国立極地研究所は、北極域における研究データの共有と利用を推進するための「北極域データアーカイブシステム(ADS)」の開発に協力し、その利用を推進しています。このADSが極域の研究現場でどのように役立てられているのか、同研究所特任研究員の照井健志氏が苦労話を交えながら紹介しました。

無人基地からデータを確実に日本に送り出す仕事

国立極地研究所は、北極域における観測基地の一つをノルウェーのニーオルスンに持ちます(図)。ノルウェー本土北端と北極点との間に位置するスバールバル諸島スピッツベルゲン島にあり、「光ファイバーが届く最北の地」(照井氏)。この北極域研究の前線では、生物や土壌の採取、大気ガスのサンプリング、光学機器や電磁波によるリモートセンシングなどの、様々な観測が行われています。周辺には人間社会が存在せず、化学的・電波的にとてもクリーンな自然環境で、北極域の観測にとても向いているといいます。

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このニーオルスンの基地は、南極の昭和基地と異なり、日本人研究者が常駐せずに運用されています。そこで重要となるのが、無人機器による観測システムです。照井氏の役割は、現地の無人観測装置から得られたデータを日本に届けること。現地に入って日々考えるのは、「無人になってもデータをきちんと日本に送り出せるか、設置した観測機材が安定して動き続けられるか、そのデータをきちんと読み出して効率的に転送できるか」といったことだといい、「観測装置を利用する研究者と一緒に装置を見に行き、日本側のコンピューターを動かしながら、確実にデータを転送できるようにしています」と自身の役割を説明しました。

多様なデータが研究の可能性を広げる

しかし、この地での安定した機器の稼働やデータの転送は容易ではないといいます。まず電力が安定しておらず、1年に数回はブラックアウト、つまり使用不可能となり、厳しい自然環境により電子機器もよく壊れる。併せてネットワーク資源も限られているため、消費電力の低減や通信料の節約に努めなければなりません。このような場所でも情報セキュリティリスクが存在しているため、高度な情報セキュリティ対策も要求されます。リモートアクセスの厳格化やバックアップの拡充、通信量の削減と暗号化など、さまざまな改善を積み重ねていく必要があるといいます。

照井氏によると、このような工夫をする中でいろいろなデータを取得できると、研究上のメリットが大きくなっていくとのこと。例えば、ライダーのデータと全天カメラの画像データ、建物に設置している監視用カメラの画像データを同時に使うと、ライダーのデータで水蒸気が多いと出たときに、実際に天気をカメラの画像データで確かめられることがわかりました。

「極域の観測では無人観測装置が非常に重要で、それ抜きには研究が成り立ちません。無人観測で得たデータをすぐに転送して公開できれば、研究の可能性が広がります。いかに低コストでデータを安定的に転送できるか、またより適切な情報資産の管理方法はないかといつも考えています」と、照井氏はデータサイエンスを支える情報技術やその運用の重要性を語りました。また、SDGsで定められた国際目標において、情報・システムの技術が役立てることも多いと指摘しました。