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情報・システム研究機構シンポジウム2019

講演5

史料が語るいにしえの気候
    ~歴史ビッグデータ:過去の記録の統合解析を目指して~

市野 美夏(情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設 特任研究員)

古来、日照りや長雨などといった異常天候は、飢饉などにもつながると考えられ、こうした気候変動に人間社会がどう適応してきたかを知ることは、将来の適応策を練る上でも重要な知見となり得ます。データサイエンス共同利用基盤施設(ROIS-DS)特任研究員の市野美夏氏は、過去の日記を使って、気候観測が始まる前の古気候の復元に取り組んでいます。

日記は優れた時間分解能をもつ

「日本各地にはきちんと書かれた古い日記が多く残っていて、そこにはその地域の毎日の天気が記録されています。年輪やアイスコアは1年ということを考えると、日記の記録は非常に細かい時間分解能をもったデータだと言えるんです」と市野氏。

注目したのは日射量。晴れと曇りと雨の日では、地表に届く日射量が異なります。現代の1979~1998年の天気概況を「晴」「曇」「雨」の3段階に分類して日射量との関係を見たところ、天気ごとに異なることがわかりました。そこで、「それなら日記に書かれた「晴」「曇」「雨」の天気記録から、当時の日射量を復元できるのではないか」と同氏は考えました。

まず日記の天気を分類し、そして平均日射量を推定値とします。ただ、日としては誤差が大きいので月平均とします。この方法で、市野氏は天保の大飢饉が起きた1836年の天気の復元を試みました。その結果、その年だけを調べるのではなく、前後30年間の天気も調べ、その平年値に対する比率を使って1836年の天気がどれほど悪かったのかを見ていくと、春までは平年よりも日射量が多かったものの、6~9月の日射量は、本州を中心に平年より20%から30%も少なく、稲の生育などに悪い影響があったと推測されました(図)。

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史料にある情報をビッグデータに

また、市野氏は、東京大学をはじめ複数の大学、研究機関のメンバーと共に気象モデルを活用した古気候の復元にも挑んでいます。現代の天気予報は、観測データと気象モデルを使って未来の大気場を予想します。観測と数値モデルを組み合わせて実際の状態を推定する「データ同化」という方法が使われています。日記の天気記録を観測データとすれば、気象モデルを使って、過去の天気を復元できるかもしれません。「今、どれくらい推定できるかを現代のデータを使っていろいろと実験をしていますが、シミュレーション結果の評価と歴史気候学としての利用は今後の課題」とのこと。

史料にある情報をデータ化すれば、今まで見えなかった過去の世界が見えて来ます。現在、史料から得られた情報を統合解析する基盤「歴史ビッグデータ」立ち上げる構想を掲げ、ROIS-DSが中心となりさまざまな取り組みが始まっています。天気や地震などの自然現象の情報、日々のくらし、行事、仕事の記録、社会の様子、経済情勢、人口などのデータを集め、歴史学のほか、地球科学、社会学、経済学、法学などさまざまな分野の研究者が協働して史料を利用できるようにします。さらには各地域の図書館・資料館とも連携し、多様な人々が繋がる基盤構築を目指しています。

市野氏は「多くの作業がともなうが、史料を利用する分野が横断的につながり、いろいろな史料をデータ化して一つに集めれば、今まで見つからなかったものが見つかる。先ほどのデータ同化のような技術と組み合わせれば、これまでにないおもしろい研究もできる」と、歴史ビッグデータが秘める可能性の大きさを語っています。