MENU

情報・システム研究機構シンポジウム2019

講演8

【第2部】ビッグデータのサイエンスを支えるデータサイエンス
    「ITによる新しい医療支援・医療画像ビッグデータクラウド基盤」

 合田 憲人(情報・システム研究機構 国立情報学研究所 教授)

 医療のさまざまな分野で画像を用いた診断が行われている。国立情報学研究所は、2017年11月に「医療ビッグデータ研究センター」を設置し、六つの医学系学術団体(日本医学放射線学会、日本消化器内視鏡学会、日本病理学会、日本眼科学会、日本超音波医学会、日本皮膚科学会)と連携し、高性能ネットワークを経由した大量の医療画像の収集・データベース化・解析を行う共通プラットフォーム「医療画像ビッグデータクラウド基盤」(以下「クラウド基盤」)を構築した。医療画像の解析技術の開発も進めている。 

 医療分野の課題に対して、ネットワークやクラウド、セキュリティー、人工知能(AI)などの最先端情報技術を活用した支援を始めようとしている。 

sympoimg2019-8

■研究者と医師が二人三脚で開発していく

 医療画像の技術が、急速に進歩している。わずかな時間で撮影して処理することも可能になってきた。 

 しかし、医師の数があまり変わらないので、大量の画像があっても生かし切れないという状況が生じてしまう。「そこで、ディープラーニングと呼ばれる機械学習を使って画像をコンピューターに解析させ、その結果を医師に提供することができれば、診断の負担を軽減できるはずです」と合田憲人教授(国立情報学研究所)。 

 国立情報学研究所の「医療ビッグデータ研究センター」では、現在、日本医療研究開発機構(AMED)の「臨床研究等ICT基盤構築・人工知能実装研究事業」の支援を受け、研究を進めている。連携する六つの診療分野の学会や日本医療情報学会から医療画像やアドバイスの提供を受け、クラウド基盤を整備すると同時に、AI画像解析を研究できるプラットフォームとして提供。国立情報学研究所だけでなく、10の大学・研究機関も加わって、医療画像の新しい解析技術を開発している。 

 「現在、クラウドに蓄積している画像は8千万枚に達していて、日々10万枚以上のペースで増加しています。また、我々や大学の研究チームが医学系の学会と組み、複数の課題(タスク)に取り組んでいます」 

 このプロジェクトの研究は、課題ごとに医療の関係者と画像解析の研究者が議論し、PDCAのサイクルを回しながら進めていくのが特徴。「だからこそ出せる研究成果が多くある」と合田教授。 

 「例えば、眼底の画像を解析して疾患などを検出するタスクでは、当初の判別精度は90 %ほどと十分ではありませんでした。しかし、正解にとても近かった画像を医師に抽出してもらい、それを使ってさらに学習させると、精度を94.5 %まで上げることができました。このように、医師のフィードバックやノウハウを取り入れることで、いろいろなタスクで精度を高めることに我々は成功しています」 

■新しい解析技術は患者の負担も軽くする

 ビッグデータを活用することで、これまでできなかったことも可能になるかもしれない。従来、血管の場所はCT画像だけでは分からず、血管造影剤を投与する。しかし、薬剤アレルギーなどのリスクがある。「そこで、CTの画像をたくさん集めて機械学習をすると、非造影CT像でも血管を明瞭化できました」と合田教授。この解析技術は、医師の負担だけでなく、患者の負担も軽くすることに寄与するはずだ。 

 研究成果を社会に還元することにも力を入れている。このプロジェクトで、東京大学のチームが胃がんの領域を病理組織画像から検出するAIを開発。このシステムを病理医のいない病院に試験的に導入した。 

 「病理医は全ての病院にいるわけではありません。そこで、病理医のいない病院から撮影された病理画像を病理学会のサーバへ送ってもらい、それをAIが解析。その結果を病理医が見て、その答えを元の病院に返すという実証実験を始めています」 

 医師不足で困っている病院や地域は多い。ITやAIによる新しい医療支援が現実的に始まろうとしている。