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情報・システム研究機構シンポジウム2019

講演7

【第2部】ビッグデータのサイエンスを支えるデータサイエンス
    「宇宙の理解にデータ科学を~電波干渉計による超巨大質量ブラックホールシャドウの撮像~」

  池田 思朗(情報・システム研究機構 統計数理研究所 教授)

 2019年4月に世界6カ所で記者会見が開かれ、電波天文学の国際プロジェクト「Event Horizon Telescope」 (EHT)における最初の研究成果が発表された。そこで示されたのは、銀河M87の中心にある超巨大質量ブラックホールシャドウの画像。穴の直径はおよそ1000億 kmという途方もない大きさだ。 

 しかし、地球から5500万光年も離れているため、見かけの大きさはとても小さい。いったい、どのようにして撮像したのか。観測にあたっては電波干渉法が用いられ、像を得るためのイメージングでは、「スパースモデリング」と呼ばれるデータ科学の方法が使われた。このプロジェクトに関わった統計学者の池田思朗教授(統計数理研究所)が、少ないデータから像を描いた過程を説明した。 

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■少ない観測をどう埋めるか

 これまでブラックホールは撮影されていなかった。これまで知られているブラックホールはどれも、地球からの見かけ上、とても小さく、撮影するのは非常に困難だからだ。 

 「今回、おとめ座の方向にある楕円銀河『M87』の中心にあるブラックホールを撮像しましたが、その見かけ上の大きさは想像を絶するほどの小ささです。シンガポールにある新聞を東京から読むようなものです」と池田教授。 

 望遠鏡で小さなものを見るには、二つの方法がある。一つは、光の波長を短くすること。もう一つは、望遠鏡の口径を大きくすること。このプロジェクトでは、電波望遠鏡を用いた電波干渉法が用いられた。 

 「電波干渉計なら仮想的に望遠鏡の口径を大きくできます。今回は半径1万km以上です。電波の波長は1.3 mmです。複数のパラボラアンテナがブラックホールの周りから出る電波を同時に受信し、そのデータを組み合わせて像を作りました」 

 今回利用したパラボラアンテナは八つであった。少ない観測を埋めるような工夫をしなければならなかった。この問題を解決するために、天文学者ではなく、統計を専門とする池田教授も参加した。「スパースモデリングという情報処理の技術を使って像を描くプログラムを新たに開発しました」 

■四つのチームが独立して像を描き出す

 2017年、いよいよ各地の望遠鏡がM87のブラックホールからの電波を観測。それぞれがデータを記録した。 

 「私たちは、像を作るイメージングチームを四つ作りました。そして、『チーム間では画像の話をしてはならない』というルールを決めました。それぞれのチームが独立し、矯正データから像を作り上げていったのです」 

 7週間後、答え合わせのときがきた。チームのメンバーをはじめ、関係者がボストンに集まり、一週間の合宿をしたという。四つのチームの画像が同時に映し出されたとき、会場は拍手喝采となったとのこと。どのチームの画像も、同じような大きさの輪となったのだ。 

 しかし、各チームの画像の特徴が一致しても、実際のブラックホールを正しく捉えているかどうかは分からない。「私たちが撮像したブラックホールの輪の画像が正しいことを信用してもらうことが必要となるわけです」と池田教授。 

 今回のプロジェクトに取り組むにあたっては、新たなイメージング法が二つ開発されていた。また、従来のイメージング法もある。これら三つの方法を用いて、同じ矯正データから同じ特徴をもった像を描き出せれば、「違う方法でやっても同じなら、その特徴は正しいだろう」と信用され得る。「さらに、答えを知っている画像から模擬観測をしたデータを合成し、それぞれのイメージング法がそれらの画像を描き出せれば、イメージング法に対する信用が増すと私たちは考えました」 

 実際にやってみると、ブラックホールのデータでは、どの方法でも、中央に穴のあいたほぼ同じ大きさの輪となり、その下側は明るい画像が得られた。また、ブラックホールには関係ない画像も、三つのイメージング法で復元できた。 

 「これなら信じてもらえるだろうということで、最終的にはこの三つの方法で描き出したものを平均して、2019年4月11日に皆さんにお見せした像を作りました」