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情報・システム研究機構シンポジウム2019

講演4

【第1部】宇宙と地球、生命のシステムを解き明かすデータサイエンス
    「3キロメートルのタイムマシーンで過去の地球環境を探る ――南極と北極の氷から見た過去の地球環境変動」

 東 久美子(情報・システム研究機構 国立極地研究所 教授)

 南極や北極グリーンランドの内陸部は3 kmを超える厚い氷で覆われ、「氷床」と呼ばれる。このような場所は気温が低いので、夏でも雪が融けない。新しく降る雪は古い雪の上に積み重なっていき、雪は徐々に深いところに沈み、氷に変わる。その過程で空気が氷の中に取り込まれるので、南極や北極の氷には過去から現在に至るまでの雪と大気が冷凍保存される。

 氷床は、言わば「雪と大気の化石」。これをボーリングで掘削した氷(アイスコア)を解析することは、タイムマシーンに乗るようなもので、過去の積雪や大気の状態、すなわち気候・環境を推定することが可能だ。

 国立極地研究所は、「南極氷床深層掘削計画」(ドームふじ計画)で3 kmの深層掘削で貴重なデータを得た。新しいプロジェクトも始まった。

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■過去72万年の気候・環境変動を復元

 昭和基地から内陸に1,000 km入ったところに位置する「ドームふじ」。標高は約3800 m。そのうち約3030 mが氷だ。国立極地研究所は、この厚い氷床を掘削した。何百回も掘削機を上げ下ろしながら、数年をかけて約3 kmのアイスコアを取り出すことに成功。これを分析し、過去72万年の気候・環境変動を復元した。

 「気温の指標となる酸素同位体比と二酸化炭素の濃度がどれくらいなのか、このアイスコアで調べると、気温の変化と二酸化炭素の濃度の変化がほぼ同期していたことが分かりました。また、それらの変化が周期的に起きていることも判明しました。特に目立つ周期は、氷期と間氷期のサイクルです。約10万年の周期でした」と東久美子教授(国立極地研究所)。 

 過去72万年間には、7回の氷期と7回の間氷期があったという。今は8回目の間氷期の途中。40万年前までは間氷期が短かったが、それよりも古い時代になると、間氷期の長さが長かったり、間氷期の気温が低かったりした。 

■気候変動の仕組みが見えてくる

 「氷の中に閉じ込められたさまざまな物質が気候変動にともなって変化していることも分かりました。例えば、DMS(有機硫黄化合物)由来の非海塩性硫酸イオンの量です」 

 気候変動を研究する分野で今、議論されている一つの仮設がある。それは、気候が温暖化に向かうと、海の植物プランクトンが温かさを抑えるように働くというものだ。植物プランクトンは光合成でDMSを作り出す。それが大気中に出ると、光化学反応によってSO2に変化し、さらに硫酸エアロゾルが形成される。これが空気中に漂うと日射を跳ね返す。また、大気に多く含まれると雲もできやすくなる。 

 「つまり、気温が高くなって光合成が活発になると、逆に寒冷化に向かう硫酸エアロゾルがたくさんできるわけです。植物プランクトンが気候をコントロールして安定させるという仮説なのですが、これにはいろいろな議論があり、氷床の研究者も注目しています」 

 東教授らがドームふじの氷床を分析すると、硫酸イオンの量は変化していた。しかし、この変化は南米から飛来した鉱物ダストの影響も考えられ、そこで鉱物ダストの分を差し引いて、生物起源のDMSの変化を調べた。 

 「すると、気温の変化と良い相関があることが分かりました。温かい間氷期には多くて、氷期には少なかったのです。仮説と整合する結果が出たわけです」 

  氷床で掘削したアイスコアを調べることで、気候変動の仕組みが少しずつ見えてきている。「しかし、大きな謎がまだ残っています」と東教授。

 「例えば、海底コアの分析によれば、100万年より前の時代では4万年の周期で氷期と間氷期が繰り返されていたようです。ただ、この海底コアのデータが本当に正しいのかどうかはまだはっきりとは分かりませんし、気候と二酸化炭素の関係も分かりません。そこで、私たちは100万年を越える古い時代までさかのぼることができるアイスコアを掘り出す新しいプロジェクトを進めています。今、調査をしていて、ドームふじ近傍でボーリングできる氷床が見つかりそうです。近いうちに場所を確定し、新たな深層コアを掘削します」