MENU

情報・システム研究機構シンポジウム2019

講演2

【第1部】宇宙と地球、生命のシステムを解き明かすデータサイエンス
    「素粒子実験で宇宙の歴史を紐解く ――Belle II 実験の挑戦」

 谷口 七重(高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 助教)

 「世界は何からできているのか?」という疑問に答えようとする努力は大昔から続けられてきた。素粒子物理学では、自然現象や実験によってもたらされる発見から、自然を記述するモデルを構築し、普遍的な法則を導き出すことで、この問いに答えようとしてる。

 高エネルギー加速器研究機構では、新しい発見を目指し、高エネルギー実験の最前線プロジェクト「Belle II 実験」を進めている。加速器「SuperKEKB」がもたらす大量の電子・陽電子の衝突反応から得られるビッグデータを解析して、まだ観測されていない素粒子反応を見つけ出そうとしている。

sympoimg2019-2

■法則のアンバランスはどう生じるのか

 この宇宙は物質でできている。素粒子は、それ以上は分割できない、物質における究極の構成要素だ。この素粒子にはどんなものがあって、それらの間にはどのような相互作用が働いているのか。「それを観測や実験に基づいて考えるのが素粒子物理学です」と谷口七重助教(高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所)。

 誕生した直後の宇宙は、熱くて濃い「素粒子の海」のような状態だったと考えられている。この素粒子が作られるとき、ペアとなる「反粒子」も同時に作られ、粒子と反粒子がふれあうとゼロになり(対消滅)、質量に対応するエネルギーだけが残る。逆に、エネルギーのかたまりから、粒子と反粒子のペアも生成され得る(対生成)。

 「宇宙初期では、対生成と対消滅が頻繁に起こっていたと考えられています。誕生直後は同じ数の粒子と反粒子があったのに、現在の宇宙は粒子だけが残っています。ということは、『粒子の法則』と『反粒子の法則』に何らかのアンバランスがあるはずです。このアンバランスはどのようなもので、どのようにして生じるのか。その一つと考えられているのが『CP非保存』です」

 Cは「Charge」(電荷)、Pは「Parity」(空間)を意味する。素粒子のグループの一つであるクォークが6種類あれば「CP非保存」が可能となる、と示唆したのが物理学者の小林誠(高エネルギー加速器研究機構 特別栄誉教授)と益川敏英(名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構名誉機構長・特別教授)だった。

■今の理論を超える何かがあるはず

 CP非保存の現象は、K中間子系においてすぐに観測されていたが、非常に小さく、理論の不安定性も大きかった。Ikaros Bigiと三田一郎によって、B中間子系での大きなCP非保存の可能性が示唆された。それを確かめる実験プロジェクトが実施された。まず、クォークの中でもボトムクォークと呼ばれる素粒子を含む「B中間子」を大量に作り出す必要がある。そこで、加速器を使って素粒子である電子と陽電子をぶつけて、B中間子と反B中間子を作り出す「Bファクトリー」が建設された。

  

 「このB中間子はとても重たい粒子で、崩壊するとさまざまな種類の粒子になります。その出てきた粒子をセンサーでつかまえて調べ上げることで、元のB中間子の情報を得ます。この実験を繰り返していき、ついにCP非保存の証拠を2001年に検出し、小林・益川理論の正しさが立証されました」

  

 その後、二人はノーベル物理学賞を受賞した(2008年)。しかし、素粒子の実験で観測されたCP非保存の現象だけでは、宇宙に反物質がないことを説明するには十分ではないという。「現在の物理学は、まだ物質優勢宇宙の全体像をつかんでいません。今の理論を超える何かがあるはずです」と谷口助教。現在、新たなプロジェクトを立ち上げ、KEKにある加速器「KEKB」と、その実験で生成される素粒子反応を捉える測定装置「Belle」をそれぞれアップグレード。「Belle II / SuperKEKB」プロジェクトが稼働したばかりだ。

  

 もしかしたら、今見つかっている素粒子たちと対になる重たい粒子が存在するかもしれない。あるいは、4次元以上の「余剰次元」が存在し、重力以外の相互作用があったり、物質粒子が3次元の膜のようなもので閉じ込められていたりするかもしれない。「このような理論がさまざまにあって、我々は実験的に検証したいと考えています」と谷口助教は語る。