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情報・システム研究機構シンポジウム2019

講演3

【第1部】宇宙と地球、生命のシステムを解き明かすデータサイエンス
    「超高層大気が教えてくれる現在の地球環境システム ――EISCATレーダーと多点光学観測」

 小川 泰信(情報・システム研究機構 国立極地研究所 /データサイエンス共同利用基盤施設 准教授)

 地球大気の最上部である超高層大気。その高度は約80 ~1000 km。ここの希薄な大気は、太陽から地球大気までの結び付きを一つのシステムとして理解する上で重要な役割を担う。特に、極域の超高層大気は、太陽風のエネルギーが集中して流入する領域で、オーロラに代表されるような激しく変動する現象が発生する。

 このエネルギー流入の仕組みや大気応答の様子を理解するために、国立極地研究所は欧州非干渉散乱(EISCAT)レーダーによる超高層大気観測や、多地点でのオーロラ光学観測を国際共同で推進している。2022年には、最新型レーダー(EISCAT_3D)の運用を開始し、ビッグデータを活用した超高層大気の立体観測を実施する予定である。

■社会活動に影響を与える超高層大気の現象

 太陽風のエネルギーが集中して流入する極域の超高層大気。ここでは、目に見えるオーロラの発生以外にも、大きな電流が流れたり、電離した大気が流出したり、温度の急激な上昇や低下などが生じたりする。「その結果、通信障害や測位システム障害などが生じ、社会活動にも影響を与えます」と小川准教授(国立極地研究所 /データサイエンス共同利用基盤施設)。

 国立極地研究所は、南極と北極の両極でのオーロラ観測を実施している。

 「私たちは、低コストでも感度が非常に高い撮影システムを用いて、多点でのオーロラ観測を展開してきています。複数台のカメラに単色フィルターを取り付け、それらを同時に稼働させ、複数の場所から同時に単色オーロラ発光の画像を取得します。それらを組み合わせて解析することで、オーロラの3次元分布を浮かび上がらせます。この分布から降下電子のエネルギー分布も推定できます。さらに面的に拡張することで、極域における超高層大気へのエネルギー流入の仕組みについて理解を深められます」

■「宇宙天気予報」の精度を高める

 国際共同で、欧州非干渉散乱(EISCAT)レーダーによる超高層大気観測も推進している。このEISCATは、北欧の4カ所に設置された大型アンテナを用いた非干渉散乱レーダーシステムであり、北極域の超高層大気の総合観測・研究の要と言える。複数の受信局を用いた非干渉散乱レーダー観測は世界唯一であり、日本を含む6カ国で維持・運用している。

 「研究成果の一例として、30年以上観測してきたEISCATレーダーのデータベースを活用した極域超高層大気の長期変動の研究が挙げられます。33年間のイオン温度変動の記録から、極域の高度300 kmの超高層大気が冷え続けていることが分かりました。その割合は10年で約14 度です。北極域の地上の温暖化のペースは100年で約2 度と言われているのに対し、超高層大気の寒冷化のトレンドはその約100倍です。このような研究は、気候変動の理解や、超高層大気中を飛翔する人工衛星への影響の理解に貢献するでしょう」 

 ただ、パラボラアンテナを用いた現行のEISCATレーダーでは、基本的に一方向の線観測である。そのため、極域の超高層大気で生じる各種の大気現象の理解は、どうしても部分的になるという。この欠点を克服するために、1万本のアンテナを用いるフェーズドアレイ方式のレーダーを多点に設置する「EISCAT_3Dレーダー」計画を国際共同で進めている。「このレーダーが実現すると、高速の立体精密観測が可能になります。それにより、太陽風エネルギーの流入によって時間的・空間的に激しく変動する大気現象の仕組みを、より詳しく理解できると期待しています。現在はレーダーの各ユニットを整備中でして、2022年より運用開始予定です」

 超高層大気の乱れは、通信障害など社会活動にも影響を与える。これを未然に防ぐためには、「宇宙天気予報」が不可欠である。EISCAT_3Dレーダーや多点の光学観測から得られるリアルタイムデータやアーカイブデータは、この予測精度の向上に貢献すると期待される。